ダニング・クルーガー効果っぽい何か a.k.a. ハイプ・サイクルっていうお話

インターネットでこんにちは。

突然ですが、皆さんはこんなグラフを見たことはありますか?

ソース:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dunning%E2%80%93Kruger_Effect_01.svg

 

「完全に理解した」「なんも分からん」等の言葉と共に見かけることも多いこちらのグラフですが、一般的にこれはダニング・クルーガー効果という言葉と結び付けられている事が多いです。ほんのちょこっとかじっただけですぐに全能感に浸ってしまうのは人々に共通なのか、言語を問わずインターネットのあちらこちらで見かけますし、皆さんも恐らくそうだと思います。

 

しかし、ご存知の方も多いかもしれませんが、このグラフは2000年のイグ・ノーベル賞に選ばれた David Dunning と  Justin Kruger による「謙虚な論文」には一切登場していません。では、こちらのグラフの出どころはどこで、一体何者なんでしょうか。

 

今回のブログではそれを私にできる範囲で調べていこうと思います。

 

ダニング・クルーガー効果のおさらい

2000年のイグ・ノーベル賞に選ばれた論文 "Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments" のAbstractには、

People tend to hold overly favorable views of their abilities in many social and intellectual domains. The authors suggest that this overestimation occurs, in part, because people who are unskilled in these domains suffer a dual burden: Not only do these people reach erroneous conclusions and make unfortunate choices, but their incompetence robs them of the metacognitive ability to realize it.

と書かれた部分があります。

「無能な人が自分の能力を過大評価する原因には単に誤った結論を出し不幸な選択をすることだけでなくて能力不足によってそれを認識するメタ的な能力の不足もある」とか言ってるのを改めてみると中々凄まじいものがありますね。

それはさておき、ダニング・クルーガー効果は別にあらゆる能力の人とその自己評価を射程範囲とするものではないという事が何となく分かると思います。有能な人(今回の実験では特定の能力を測るテストで上位1/4の群)以外の人は一律に自分の能力を過大評価する傾向にあり、ことそれは無能な人(特定の能力を測るテスト下位1/4の群)で顕著であるというのがこの論文中の実験で見られるダニング・クルーガー効果であると私は理解しています。元々立てている4つの仮設の主語が無能な人(そしていわば無標として扱われているのが有能な人)な点からも、また最後の結論の部分を見てもそれは正しいのではないかと思います。これを踏まえると、いわば「完全に理解した」から「チョットデキル」まで一つのグラフにしてダニング・クルーガー効果と称するのは違和感があります。

 

そうでなくとも曲線の形がなぜああいう風になるのかがこの論文からは自明では無いです。例えば有能な人はグラフを見るに自分の能力を過小評価する傾向にあるかもしれないことまで読み取ってグラフを書くとしても、その自己評価と能力はどういう関係にあるのかは自明ではありません。極端な話、例えば「チョットデキル」段階の人の自己評価を一定の値のままにすることも考えられるはずです。

そもそも、有能な人の群と無能な人の群の比較で見える性質を一人の人の理解度に対する自己評価の推移といった「時系列」のような要素を入れてしまっている時点で、また元の論文で扱われているデータと異なり縦軸を定量的とは言い難いものにすり替えてる時点で結構トンチキなグラフなんじゃないかと私は思う訳です。

 

そういう訳で、このグラフはエピングハウスの忘却曲線の縦軸の意味が違うとかいう次元の間違いではなく、より致命的な錯誤を含んでいると言えるのではないかと思います。

 

本題:じゃあこれってどうして生まれたの?

まあタイトルでネタバレしちゃってますね、はい。

it.impress.co.jpガートナー ジャパンは2022年8月16日、米ガートナー(Gartner)が同年8月10日に公開した先進テクノロジーハイプサイクル2022年版の日本語版を発表した。

 

これがダニング・クルーガー効果「っぽい」グラフの正体なんじゃないかと私は考えてます、というかハイプ・サイクルと例のグラフが非常によく似ている事を知っていたり、さらにそれが単なる偶然では無さそうということを考えていた人はこれを読んでいる方の中にも割といらっしゃるんじゃないでしょうか。

 

ハイプ・サイクルというのはガートナー社が考案したものであり、

www.gartner.co.jpテクノロジとアプリケーションの成熟度と採用状況、およびテクノロジとアプリケーションが実際のビジネス課題の解決や新たな機会の開拓にどの程度関連する可能性があるかを図示したもの

らしいです。こちら1995年から毎年発表されています。さて、何故これが例のグラフの正体と考えるのかというと、

  • 時系列として、ダニング・クルーガー効果に関連する論文の発表より前から存在する
  • グラフの形及び各場所を指す言葉が著しく類似している

この2点です。後者についてですが、先に挙げた日本語版のサイトの元となった英語版のサイトに以下のようなグラフがあります。

ソース:https://www.gartner.com/en/documents/3887767

いやなんで"slope of enlightenment"が被るのよ。他の部分も絶妙に意味や語感が似てて、面白いですね。まあともかく、流石にこれを偶然の一致とするのは無理があるのかなと感じるわけです。

 

恐らく、誰かがこの独立した2つを結び付けたのでしょう。じゃあそれは誰で、いつの事だったのでしょうか。

 
ハイプ・サイクルが「ダニング・クルーガー効果」になる時

ここからはとにかく画像検索しまくって初めて例のグラフがダニング・クルーガー効果と結びついたタイミングを探しました。その結果、以下の2014年のサイトが見つかりました。

josephparis.me

このサイトに、現在広く広まっているようなダニング・クルーガー効果っぽいグラフの中で一番古いものが載せられています。この中には hype cycle という言葉自体現れませんが、例えば以下のグラフ、

 

これは以下の hype cycle のモデルの説明に使われるグラフに酷似しています。

ソース:https://www.researchgate.net/publication/224182916_Scrutinizing_Gartner%27s_hype_cycle_approach

 

また、hypeという単語自体はこのモデルの説明を含むサイトの文章中に何度か登場し、著者はハイプ・サイクルになぞらえてダニング・クルーガー効果を説明しつつもその存在は隠匿しているような印象さえ受けます。

なおこの著者、サイトの中で以下のようなグラフを登場させています。

 

うーーーーーーーーん。まあこのグラフを置いたとしても、流石に "In my opinion, the Dunning-Kruger effect is, in fact, a variant application of the Hegelian Dialectic" の一文は見逃せませんし、何より弁証法の説明で出てくるインターネットを使った例ってまんまハイプ・サイクルに置き換えられるよな???

 

やっぱりこのサイトでハイプ・サイクルの存在を隠しつつこれになぞらえてダニング・クルーガー効果が説明されてしまったために、どんどんこれが広まってしまったと見るのが適切なんじゃないかと思います。これ以前に"slope of enlightenment"のような名前の付いた例のグラフなんて存在しない一方で、これ以降にはぽつぽつ登場してる事からもこの推論が妥当なんじゃないかと私は思います。

 

さて、その一方で、この著者は0からダニング・クルーガー効果をハイプ・サイクルと結び付ける事を思いついたのでしょうか。正直言って結構それは厳しいのではと思っています。何らかの発想の土台があったんじゃないかなと。

 

この時に注目したいのが2011年のこちらのサイトです。

www.forbes.com

ハイプ・サイクルに由来すると思われるようなグラフこそないものの、形自体は非常に類似したものが登場していますね。ただ、この時点ではこのグラフはそこまで強くダニング・クルーガー効果とは結び付けられていないように思われます。縦軸が"口を出したがる度合い"ですし、記事中にダニング・クルーガー効果への言及も見当たりません。ダニング・クルーガー効果を知っている人が関連を見いだそうとすれば見いだせるかな、位ですかね。ただし、このサイトで紹介されているこの画像がこれ以降ちょくちょく言及されていること、"mount stupid"という先の記事で象徴的だった言葉が登場していることには注目したいです。

 

あるいは、次のようなものも見つけられます。

 

confrontingmediocrity.net

こちらは私が探せた中ではダニング・クルーガー効果をハイプ・サイクルに似たグラフで表現した最初のものです。ただし、ここに先に述べたようなハイプ・サイクルに由来するであろう各部位の名前は付けられてないですし、それを参照した形跡は見つけられないですね。

 

状況証拠しかない状態で推論するのもどうかと思いますが、こういった記事に「インスピレーション」を受けながら例のダニング・クルーガー効果とハイプ・サイクルが悪魔合体したグラフが出来た。というのが私の現状の結論です。

 

とはいえ、私自身はただの物好きの大学生で専門でも何でもないので、このブログが正しい保証はなんもないです。それに、今回調べた対象はインターネット上のサイトですが、海外の書籍かなんかで初登場とかしてたらもうどうしようもないですね。

 

それではまあこんなところで。ほなまた。

 

余談1

何と例のグラフの初出サイト、know your memeで紹介されてます。

knowyourmeme.com

ここのSpreadの欄に書いてありますね。

最初からここ見とけば大分調べるの楽だったんやろうなあ…

余談2

ダニング・クルーガー効果とハイプ・サイクルの関連性について言及するサイトは別に過去にもあります。が、それらはダニング・クルーガー効果っぽいグラフの信頼性は疑わずにその類似性の説明を試みようとするものが多いです。なんでやねん。

余談3

英語版wikipediaの"hype cycle"の説明に、以下のような記述があります。

The hype cycle is based on the same model as the Dunning–Kruger effect, which is applied to individuals' confidence in their abilities instead of technologies' visibility.

これは多分例のグラフを意識して書いてしまってて、誤りと言えるんじゃないかなあと思われます。みんなグラフの方は疑わないのかな。